わらしべバニー(2)

  さてどうしよう、と片手に提げた紙袋を見つめて、バーナビーは首をかしげた。
 キースにもらったのは、紙袋いっぱいの林檎だった。
 ドーナツ以上に、一人では食べきれない。斎藤さんにもお裾分けしようかと考えた。確か甘いものが好きと言っていたし、林檎も…きっと甘いもののうちに入るはずだ。
 アポロンメディアに到着して、まず自分のデスクに行く。ヒーロー事業部をのぞくと、誰もいない。閑散としていた。
 今日はバーナビー単独での休みなので虎徹は出勤しているはずだが、トレーニングセンターにでもいるのだろうとバーナビーは当たりを付けた。だがロイズや経理のおばちゃんまで不在だ。珍しいこともあるものだと首をひねって、とりあえずバーナビーは斎藤のところに向かった。
 いつものように回転椅子をくるりと回してバーナビーを出迎えた斎藤は、紙袋いっぱいの林檎を見ると嬉しそうに笑った。
「(もらうよ。林檎は好物さ)」
 最近拡声器なしでの斎藤の声を拾えるようになってきた。
「それなら良かったです。たくさんありますので、好きなだけどうぞ」
「(じゃあ全部もらってもいいかい?)」
「え、ええ、もちろん。でもこんなに沢山…?」
「(ジャムとアップルパイにする)」
「えっ、斎藤さんが?」
「(まさか。僕がそんなことできると思うかい?最近ツテができたんだ。タイガーの娘、可愛いね)」
 にやにやと自慢した斎藤に、バーナビーの頬がひきつった。
「貴方…いつの間に」
 斎藤はキヒッとお得意の笑い方をした。


 ついでだからHERO TVのプロデューサーまで届けてくれ、と林檎の代わりに斎藤から渡された書類を持って、バーナビーは階下のOBCに行く。アポロンメディアの子会社であるOBCとはビルを共有しているので、アポロン所属のバーナビーは楽だ。
 時々虎徹ともども呼び出されるので、アニエスのデスクは知っている。まっすぐ向かうと、アニエスが驚いた表情で出迎えた。
「あなたがわざわざ何の用、バーナビー?」
「これを斎藤さんから渡すように頼まれて」
 手渡した書類をとっくり眺めて、アニエスは紙越しにバーナビーを見た。
「一応確認しておくけど、まさかこれ見てないわよね」
「え?ええもちろん、そのくらいのマナーは弁えているつもりですが」
「ならいいわ。サンキュー、バーナビー。ああそうだ、これ持って行きなさい。あげるわ」
「はあ…なんですか、アニエスさん普段はそんなことしない人でしょう」
「あたしだって偶には気まぐれを起こすことだってあるのよ!…ってことにしておいてちょうだい。わかった?」
 蠱惑的な笑みにバーナビーは全く動じなかった。
「まあ、ありがたくいただいておきます。何ですか?」
「タイガー&バーナビーのデフォルメフィギュア。まだ試作段階だけど、なかなかイイでしょう?」
「へえ。可愛いですね」
「カプセルに入れて子供向け玩具として売り出すの。あなたたちので評判が良かったら他のヒーローでも作る予定よ。ねえ参考までに聞くけど、隠しキャラ、あなたの素顔バージョンかタイガーの旧スーツバージョン、どっちがいいと思う?」
「2択なんですか」
「今のところはね」
「僕だったら、タイガー&バーナビーでGood Luck Modeバージョンが良いです」
 そうか、その手もあったわね!とアニエスが目を輝かせた。

 


フィギュアの入った袋を抱えてアポロンメディアを後にしたはいいものの、バーナビーは困った。
 フィギュアは一つ一つは小さいサイズだったが、なぜか大量にあった。なかなか可愛らしいデザインだから飾っておきたいが、これだけ大量だとどうすれば良いのかわからなくなる。おそらくそれぞれ10体ずつはあるだろう。
考えながらエントランスの階段を降りたところで、自分の名を呼ぶ声があった。
「バーナビー!」
「こんなところで会うなんて奇遇ねえ」
スポーツカーから顔を出していたのは、ネイサン、カリーナ、ホァンの三人だ。
「どうも。どうしたんです、お揃いで」
「アタシ達女子会だったのよ」
 楽しかったわよぉ、とネイサンが満足げに笑う。
「バーナビーさん楽しみにしててね!ボク達」
「ハ、ハンサムは仕事終わったの?まさかこれからトレーニングセンターに行くつもり?」
 カリーナが突然喋ったせいで、ホァンの言葉がかき消された。
「ああ、はい、そのつもりだったんですが。一端家に戻って荷物を置いてからにしようかなと」
「荷物?」
「さっきアニエスさんにいただいたんです」
 ヒーロースーツが可愛らしくデフォルメされたフィギュアを見せると、年下の二人は歓声を上げた。
「へえ!こんなグッズまで作られちゃったの、アンタ達!いいわねえ、アタシのも作って欲しいわあ」
「僕たちので上手くいけば、全員分作られるらしいですよ」
「絶対上手くいくわよ、可愛いじゃないこれ」
 マイペースにタイガーのフィギュアをいじっていたホァンが無邪気な声を上げた。
「わあ、これボタン押すと喋るんだ!凄い!」
 ホァンの指が背中のボタンを押すと、小さなタイガーが「ワイルドに吠えるぜ!」と言う。
 隣でカリーナが唇をわなわな震わせたまま、口を閉じるのを忘れたようだった。
「欲しいんですか、タイガーのフィギュア?」
「だ、誰があんなおじさんのなんか!」
カリーナは条件反射で切り返してから我に返って、バーナビーの含み笑いを見て歯をぎりぎり食いしばった。
「そうですか、沢山あるのに残念です」
「そうよね、ちょっとありすぎじゃなぁい?アタシにも一体頂戴な」
「いいですよ。流石に10体も飾る訳にはいきませんし」
「あ、ボクも!ボクも欲しい!」
「あ、あたしだって、別にいらないとは言ってない!余って困るっていうんなら、もらってあげても…いい、わよ」
ホァンの勢いに乗せられて叫んでからみるみる真っ赤になったカリーナを見て、ネイサンが肩をすくめた。
「どうぞ、沢山ありますから。皆さんはこれから、真っ直ぐトレーニングセンターへ?」
「そうよ。あ、そうだハンサム、渡そうと思ってたものがあるの。この前、あのオペラのが手に入ったら譲る約束してたでしょう」
ネイサンが出してきたのは、古いレコードだった。
「わ、ありがとうございます」
「うふ、どうしたしまして。うちのスポンサーが見つけてきてくれたのよ、出来るコでしょう」
「その方にもお礼を伝えておいて下さい。僕も、何か良いタイトルを見つけたらファイヤーエンブレムに差し上げますね」
「良いのよ良いのよ気なんか使わないで。そうね、可愛いフィギュアのお・れ・い」
肉厚の唇が寄ってきて思わず避けると、んもうと舌打ちされた。
「じゃあ、今度食事でも奢ります。最近雰囲気の良いレストランを見つけたので」
「ありがと、楽しみにしてるわ。それでこそハンサムよねえ、そつがなくてあったま来ちゃう」
「じゃあまた後でね、バーナビーさん!」
賑やかに手を振って去って行った車を見送って、バーナビーは元来た道を引き返した。なんだか今日はものをもらってばかりの日だな、と一人ごちる。珍しいことばかりが起こる日だが、悪い気はしなかった。


先程通った商店街の入り口に差し掛かった時、バーナビーの背がぞわっと総毛だった。
「……っ!」
反射的に辺りを見回して駆け出す。ヒーローを続けているうちに感じるようになったこれを、バーナビーはいわゆる第六感のようなものだと思っている。そんな時はむやみに考えず、身体に従った方が上手くいく。虎徹を見ているうちに学んだことの一つだ。
果たして駆け寄った先で、店のショーウィンドウが内側から吹っ飛んだ。
一拍遅れて、銃の乱射音が響き渡る。商店街は一瞬にして阿鼻叫喚の舞台へと変化した。
バーナビーはガラス片と一緒に足元に吹っ飛んできた帽子(おそらく店の売り物だ)を咄嗟に拾い上げてかぶり顔を隠すと、入り口の脇の壁に張りつき中をうかがった。
声と物音から判断するに、犯人は二人、銃は一本。従業員が一人捕らわれている。要求は店の売上金のようだ。
非効率的な犯罪だな、と考えながらバーナビーはじりじりと足を進めた。下手に覗いて気付かれたらジ・エンドなのは明らかだ。周囲に気を配りつつ、音と気配で中の様子を判断する。立てこもり犯逮捕のセオリー通りの、だが少々アレンジの加わった動きだ。少なくとも教科書には「犯人の動きを気配で読む」とは書いていなかった。

 ――さあどうする、バーナビー・ブルックスJr.

 緊張状態のまま頭がフル回転する。持ったままだった箱を探ると、シリコンの感触が手に触れた。
 音を立てないように極力気を付けながら、手探りで箱からフィギュアを取り出す。じり、とまた足を一歩進めて膝を軽く曲げ、スタートダッシュの準備。そのまま体に力をこめれば、慣れた感覚と共に静かにハンドレッドパワーが発動した。
 店内の様子が、すぐ近くにいるように聞こえてくる。
犯人の一人は店内を歩き回っている――キンと鋭い音がしたのは、手にナイフを持っているのか。足音が不意にやんだ。立ち止まったのはおそらく店の入り口に近い、バーナビーの潜んでいる壁と反対側のあたりだ。
『ふうん、これなかなかカッコいいじゃん』
店の商品を手に取ったのだろう、布の擦れる音がはっきり聞こえる。
『おい、遊んでんなよ相棒。てめえもいいから金出せって言ってんだよ。早くしないと撃っちまうぜ?』
下卑た声とともにもう犯人が銃で従業員の顎をこずく。それに従業員がひっと息をのんだのに気を良くしたか、銃を顎から離して自分の肩を叩いた――

 バーナビーの指が、フィギュアの背をぽちっと押した。

「ワイルドに吠えるぜっ!」

 客の逃げて静まり返った商店街に、録音されたワイルドタイガーの声はよく響いた。
「なっ!」
 びくっと犯人たちが震える。すぐに銃とナイフを構えなおすが、刹那できた無防備な瞬間をバーナビーは見逃さなかった。
 握りしめたタイガーフィギュアを奥で従業員を捕らえている方の犯人に向かって投げつける。ハンドレッドパワーで投げられたフィギュアは、驚異的なスピードと威力で犯人の頭にクリーンヒットした。犯人が声も上げずに倒れる。
あわてて振り返ったナイフを持っている方の犯人の目には、のびている相棒の姿があった。
危機に気付いて青褪めた犯人の身体がきいんと青く発光する。何の能力か知らないがここでNEXTを発動させられてはまずい、とバーナビーは咄嗟に持っていたものを投げた。ブーメランのように弧を描いたものが、犯人の後頭部にこれまた見事に当たった。
 おそらくわけのわからないまま昏倒した犯人二人を手際よく縛り上げると、バーナビーは店内に落ちたフィギュアを拾い上げて溜息をついた。最後に投げたものの方は、と探すとショーウィンドウの近くに落ちている。拾ってバーナビーは頭を抱えたくなった。
 ネイサンからもらったばかりのレコード盤だったのだ。
 犯人を捕まえたときよりよっぽど青くなってケースから引き出すと、目に見える傷は免れたようだった。ほっとしたが、これはきちんとしたところでチェックを受けてもらわないといけないだろうと肩を落とす。
 そのタイミングでようやく到着した警察に犯人を引き渡せば、バーナビーの仕事は終わりだ。さっさと引き上げようとしたところで、人質になっていた従業員に呼びとめられた。
 従業員はバーナビーが申し訳なくなるくらい丁寧な感謝を繰り返し、なにかお礼をと言い張った。これが仕事ですからと言っても聞かない。
「でもバーナビーさん、プライベートでいらしたのに…!そうだ、ここの商品、気に入ったのありましたら持って行ってください。お礼です!」
 「いえ、そんなに気を遣っていただかなくても」
 「貴方は命の恩人です!お願いします、お礼させてください!」
 笑顔が困り顔になってしまったのは仕方ない。じゃあ、とバーナビーはかぶっていた帽子を差し出した。
 「これ、ここの商品ですよね?これを貰います」
 「ありがとうございます!」
 気合の入った声で送り出してくれた従業員と別れて、バーナビーは帽子を眺めた。咄嗟のことで気付かなかったが、ハンチングだった。虎徹が気に入りそうだな、とハンチングがトレードマークの相棒を思い浮かべる。トレーニングセンターで会ったら聞いてみよう。


 自宅マンションのエントランスに着くと、そこには先客がいた。

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