わらしべバニー(3)

  「あれ?どうしたんです?」
 「あ、わ、バーナビーさん…!」
 「お、おうバーナビー。どっか出かけてたのか?」
 「ええ、ちょっと色々ありまして。どうしたんです、わざわざ」
 扉の前にいたのはアントニオとイワンだった。珍しい組み合わせにバーナビーは目を丸くする。
 「おっ、お前いいレコード持ってるな。剥き出しで抱えるモンじゃねえだろそれ」
 手の中のレコードに目を留めたアントニオが自然に声をかけた。
 「ああ、これ…ファイヤーエンブレムさんから頂いたんですが。ちょっと…その、うっかり投げてしまって」
 「うっかりレコード投げんのか?どんな状況だよ、それ」
 「色々ありまして」
 得意のスマイルでごまかしてみると、アントニオは溜息をつきながら、そういうことに関して良い店を知っているから紹介してやると言ってくれた。
「ありがとうございます。バイソンさんもレコード詳しいんですね、意外でした」
「昔、虎徹に引っ張られてかじった名残だよ。俺はお前がレコードみたいな旧式のもの持ってることの方が意外だけどな」
「レコードって音が独特で良いんですよ、オペラを聞くとよくわかります」
僕も虎徹さんの影響です、とは言えなかった。
「それで、お二人は何の用で?」
逸れた話題を戻すと二人は顔を見合わせて頷き合い、イワンが一歩前に出た。
「H, Happy Halloween!バーナビー殿にお届け物でござるよ!じゃじゃじゃーん!」
同時にアントニオの陰からぴょこっと小さな人影が顔を出した。
「楓さん!?」
「えへへ、来ちゃいました!バーナビーさん、お父さんがいつもご迷惑おかけしてます」
「ああいや、僕こそ虎徹さんにはいつもお世話になって…ってそうじゃなくて!何で楓さんがここに?」
「バーナビーさんに、プレゼントを届けに来ました」
「楓ちゃんはバーナビーさんの家を知らなかったので、僕たちが道案内です。ね、バイソンさん」
「おう。つー訳で、行って来い。俺らも後から合流する」
アントニオがさりげなくバーナビーの荷物を取り上げた。
「じゃあちょっとお借りします、バーナビーさん!」
楓の手がバーナビーの手をきゅっと握る。と、見る間に全身が青く発光し始めた。
「え?それってどういう…うわああああ!」
「メイプルエスケープっ!」
膝ががくんと折れたかと思うと、バーナビーは空を飛んでいた。
まさかのエスケープ。しかも楓にお姫様抱っこ。
心が付いていけない。
「ちょ、ちょっと待ってください!せめて下ろして!」
「ダメ!今日のバーナビーさんはお客様だもん!それに私、一度やってみたかったんです、お姫様抱っこ」
「楓さんはする方じゃなくてされる方でしょう!」
駄目だ、動揺のあまり突っ込みがずれた。
叫ぶバーナビーを華麗にスルーして、楓はビルの屋上に降り立った。
「ここを、お父さんとバーナビーさんは守っているんですよね」
目の前に広がるのは、シュテルンビルトの街並みだ。
「お父さんから、色んなこと聞きました。ヒーローのことや、バーナビーさんのことも。私、何にも知らなかった」
「いいんですよ、楓さんは知らなくても。あなたは僕たちが守るべき人です、本来」
「ううん、知ってよかったと思う。…でもね!」
楓は大きな目でバーナビーを見上げた。
「そういう色んなこと知る前からずっと、私バーナビーさんが大好きだったし、ヒーローが大好きだったの。街を守るヒーローを尊敬してたの。…ワイルドタイガーのことも」
これはお父さんには内緒ね、と唇の前に指を一本立てて楓は恥ずかしそうに笑った。
「でね、それって、他のみんなも一緒だと思うの。シュテルンビルトの人たちみんな、ヒーローが頑張ってること知ってる。みんな感謝してる。だから応援するの」

ありがとう、バーナビー。

言葉が胸に沁みこんでいく気がして、バーナビーは涙腺が緩むのをこらえた。
「……ありがとうございます。その言葉がもらえただけで、僕たちはまた頑張れます。……それで、楓さん」
「なに?」
「そろそろ下ろしてもらえませんか」
「だーめ!まだ配達は済んでないんだから!」
「配達ってどういうこと…だから待ってください!」
父親そっくりの顔で笑って、楓は再び空中に身を躍らせた。――バーナビーを胸に抱えたまま。


楓がジャスティスタワー前に降り立ったとき、バーナビーはすっかり疲労困憊していた。
「お姫様抱っこがこんなに恥ずかしいものだなんて…これ、おじさんに知られたら絶対笑われる…指さして爆笑される……」
背後にハンサムらしからぬ影を背負ってぶつぶつ呟くバーナビーを、青い光の消えた楓が爽やかに引っ張っていく。
「はい、バーナビーさん、こっち!」
「え、ここ……」
連れてこられたのは、いつも使っているトレーニングセンターの前だった。
戸惑うバーナビーの背を、楓がにこにこしながら押した。
「バーナビーさん!配達です!どうぞ!」
大きく開け放たれた扉の向こうで、ぱぱぱぱ、と破裂音が鳴った。
視界を占めるカラフルな霧が晴れると、目の前にはたくさんの笑顔。

「Happy birthday, Barnaby!」

バーナビーは言葉を失って立ちつくした。
真ん中に虎徹がいる。いつの間にかその隣で楓が笑っている。ヒーロー仲間もいる。アントニオとイワンは相当急いで来たのか、若干息を切らせているようだ。更にその周りには2部ヒーローのメンツ、斎藤、HeroTVのアニエスとクルー達、ロイズや経理のおばちゃんまでいる。
皆、クラッカーを持ってバーナビーを見ていた。
そこまで把握して、バーナビーはやっと今日が何の日なのか思い出した。
今日はバーナビーの誕生日だ。
パーティーグッズの三角帽子をかぶった虎徹が近づいてきて、肩を叩いた。
「ハッピーハロウィン、そしてハッピーバースデー、バニーちゃん。どうだ、驚いたか?」
「ええ、それはもう」
バーナビーは半ば呆然としながら答えた。
「へへん。お前がデビューしてすぐの頃、俺らサプライズしようとして失敗しただろ?だから今回は絶対成功させてやるって、気合入れて準備したんだぜ。で、どうせだからってことで、お前の関係者全員巻き込んでみましたー!ドッキリ大成功、なんつってな!……っておいおいバニー、なに泣いてんだよ」
「……あ」
言われてはじめて頬に触れる。濡れた感触でようやく気付いた。
「ぼく、今日が誕生日って、すっかり忘れてて…」
「そんなことだろうと思ったよ。そんな顔してねえで笑えよ泣き虫バニー、今日はお前の日だぜ?」
「はい」
バーナビーは頬の涙をぬぐってほほえんだ。ありがとうございます、と小声で伝えると、周囲がまたわっと沸き立つ。
後ろに用意されたケーキに群がりだす人々から少し離れたところで、虎徹さん、と名を呼ぶと、バーナビーの相棒は明るい顔で振り返った。
「ん?」
「この企画あなたが立てたんでしょう?」
「ん、まあな!」
笑い飛ばして目線をそらす仕草が照れた時のものだと、バーナビーは知っている。
「ありがとうございます。あなたは…本当に、凄いひとだ」
めったに口に出さない本音を乗せたのは、今を逃したらもう言えなくなるだろうと思ったからだ。こんなことを素面で言うのは恥ずかしすぎる。
いつものように茶化すかと思っていた虎徹は、予想に反して真摯な目を向けた。
「これはお前が頑張ったからだよ。お前はもうちょっと、自分のことを誇っていい」
「…はい」
「よし。わかったらほら、行くぞバニー!早くしねーとドラゴンキッドにケーキ食い尽くされるぜ」
「失礼だなあ!バーナビーさんが蝋燭ふーってする前に食べるなんてしないよ!」
耳敏く聞きつけたパオリンが部屋の向こうから叫んだ。
「タイガー!バーナビー!ちゃんと揃って!これ後で特番にするんだからね!」
アニエスの気合の入った声が響く。目を見合わせたバディは笑い合い、どちらからともなく腕を伸ばした。

こつん、と拳が合わさる。

「はい、今行きます!」
「うおっ、待てよバニー!」
 僕はバニーじゃありません、バーナビーです、と肩を並べた相棒に言えば、そう来なくっちゃ!と明るい声が返ってきてバーナビーは今日一番の顔で笑った。

 

その夜、夕飯の肴に今日一日のことを話すと虎徹は愉快そうに笑って言った。
「そりゃとんだわらしべ長者だな、バニーちゃん!最後にいーいモンが来ただろ!」
わらしべ長者を知らないバーナビーはぽかんとしたのだった。

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