ヒーローに救われた者たち-2

 ロバート・D・ジョーンズ(33)の場合
 

 その時、一仕事を終えたロバートは同僚たちと近くの食堂に繰り出していた。
 重い体を席に落ち着けてホットドッグを一口かじった時、店の隅に備え付けたテレビから聞きなれたBGMが流れ出す。実況の興奮した声で始まるオープニングに、客が自然とどよめいた。
 ロバートたちもわらわらとテレビの周りに集まった。場末の食堂のテレビは悲しくなるほど旧式で画面も音声も荒かったが、それでもどうにか情報を得ようと画面にかじりつく。
 ロバートたち現場の作業員にとって、Hero TVでの建物の破損は今後の仕事に直結する。忙しい時にワイルドタイガーあたりが建物を壊せば現場は恨み節の大合唱になるし、逆に不景気な時にHero TVが始まると、ヒーローズの器物破損をいとわない大胆な活躍に異常なほどの歓声が上がり、スムーズな事件解決に不謹慎にもブーイングが出たりする。
 ロバートがいるのは、そんな場所だ。肉体労働はきついし給料だって多いとは言えないが、気のいい仲間の多い今の職場をロバートはそれなりに気に入っている。
 ただしどんなに好きな仕事でも、億劫になる時はあるわけで。最近のロバートはめっきり仕事に魅力を感じられない。厄介な新人が来て教育係を任されたは良いのだが、これがまたどうにも扱いづらい新人君なのだ。疲れて注意力散漫になり自分がミスを連発、それがまた精神的に疲れる原因になるという悪循環を繰り返していた。

「ああっ!俺のビル!」

  同僚の一人が不意にすっとんきょうな声を上げて皆の視線が集まった。

「あれ、3年前に俺が作ったビルだよ!燃えてやがんじゃねえかっ」

 自分が建設に関わったビルは我が子のように可愛い。皆もわかっているから、同僚に同情が集まってなんとなくヒーローと消防団を応援する雰囲気になった。 
 画面の中では燃えるビルの中に突っ込んで行ったファイヤーエンブレムが救助者を二人抱えて戻ってきた。彼(彼女?)は洗練された動作で救助者たちを腕から下ろし、また燃えるビルへと戻る。
 あっ、と誰かが声を上げた。ビルのエントランスに突っ込もうとしたファイヤーエンブレムの真上に、熱ではがれた外壁が落ちてくる。

 「ファイヤーエンブレム、危なーいっ!」

   実況の声が響き渡った。
 ロバートが思わず目をつむったその時、周りで大きな安堵の声が上がった。ファイヤーエンブレムの前に躍り出たロックバイソンが、その頑丈な体躯で外壁の塊を吹っ飛ばしていた。

 「うっし!久々にやるじゃねえかバイソン!」

 口々に賞賛の声が上がる。ロバートも一緒になって囃し立てた。実はロバートはバイソンをこっそり応援している――表立っては言わないが。ベテランヒーローの癖にヘマばかりやるが、ロバートの作った建物を守ってくれるのはいつだってロックバイソンだ。

 救助は順調にすすみ、残すところあと一人だとHero TVが伝える。画面の向こうもこちらも盛り上がってきたところで、最古参の先輩がぱあんと手を叩いた。

 「おら、休憩終わりだ!仕事行くぞ!」

  途端に上がるブーイング。便乗してぶつぶつ言いながら腰を上げざま、ロバートは派手な効果音を鳴らすテレビを振りかえった。ロックバイソンがいつもと同じように仁王立ちしている。それを確認すると、ロバートはぱあんと自分の頬を叩いて気合を入れた。

 

 ――俺も頑張ろう。

 テレビの向こうで仕事をしているヒーローにこっそりエールを送って、ロバートは自分の仕事に戻った。
 まずはあのどうにも鈍い新人に、出来る先輩の背中を見せてやらなければ。

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