六 - 3

 「お前も、……小十郎も、さっさと俺を置いていきやがった。儚いもんだ――そういう俺も、もう人のことは言えないようだが」
幸村は随分と前の戦で。そして己の右目も、先日の戦で命を落とした。織田をはじめ、各地の武将たちも既に亡い者が多い。
戦国の世はもうすぐ終わりを告げるだろう。誰もが待ち望んだ平和な世が訪れる日は近い。けれど、その末に戦が消えるならば、戦国を駆け抜けた武将達もまた、そう遠くないうちに消えるさだめなのかもしれない、と政宗は思う。
「そう……ですな。確かに、儚い」
そう言って目を合わせてきた幸村は、しかし言葉とは裏腹に晴れやかな表情をしていた。
「しかしなればこそ、その儚き人の縁の中で、お館様や佐助や、そして政宗殿に出会えましたことは何物にも代えがたき幸運であったと、そこで佐助を待つ間、某は考えておりました」
「ああ――そうだな」
「願わくは、政宗殿とは来世にてもまた、良き好敵手でありたいと願っております。少し、感傷的に過ぎまするが」
「……いや。俺も、そう思うぜ。あんたは良いrivalだった。この俺を熱くさせるほどにな」
わずかに目を見開いて、政宗は答えた。常より大人びたふうの物言いが珍しかったが、同時に心地よくもあった。この紅蓮の若子には、どうやら自分の知らぬ面がまだまだあったらしい。思いもかけずそれを知れたのが嬉しくもあり、生きている間にそれを知れなかったのが口惜しくもあり。ない交ぜになった感情をふるりと首を振って払った政宗の目に、ふと、幸村の首の六文銭が留まった。真田家の旗印でもあるそれは、三途の川の渡し賃が六文だと言われていることに由来する。幸村が常日頃から、肌身離さず身につけている覚悟だ。
「あんたの首のそれも、使い時が来たようじゃねえか」
少しばかりしんみりした空気を吹き飛ばすべく、jokeのつもりで言ってやると、幸村は首元に触れて大真面目に答えた。
「左様。斯様に身につけてきた甲斐があり申した」
思わず脱力する。前々から感づいてはいたが、この男、全くといっていいほど冗談がきかない。少々半眼になった政宗の視線にも気付かぬように、幸村は六文銭を首から外してしげしげ眺めた。
「政宗殿は、渡し賃を持っていらっしゃるので」
「おいおい、普通は弔いの時に棺に入れられる習いだろう、それは。持ち歩いてるのなんざあんたぐらいだ。まあ…俺の身体がちゃんと弔われるかどうかは知らねえがな」
「それでは、貴殿は川を渡れぬではございませぬか!渡し賃がなければ、船守に身ぐるみ剥がれてしまうのですぞ!どうなさるおつもりか?」
「川くらいどうだって良いだろうが…どうにかなんだろ」
「そうは参りませぬ!政宗殿には何としても成仏してもらわねば!」
「渡ったところで、どうせ行くのは地獄だ。…つかな、渡し賃首から提げたままこっちの岸でふらふらしてる奴にそんなこと言われたかねえよ」
「しかし!」
「No matter!」
こちらも叫んで、深い溜息をついた。
交わす会話があまりに妙過ぎて、もうどこから突っ込めばいいのかすらよくわからない。ついさっき幸村に対して感じていた、大人びたなどという感傷は一瞬で吹っ飛んだ。
しかも幸村の方は、話題から一向に撤退する構えを見せない。もともと暑苦しいやつだとは思っていたが、これは、正直――面倒くさい。政宗自身があまり信仰に頓着しない性質だったから、余計に。こいつは俺が成仏しなかったら化けて出てきそうだな、と更に馬鹿なことを考えかけてやめた。
どうしようかと辺りをきょろりと見渡したところで、ふと思いついた。
「そうだな…。俺はこれでもやるさ」
軽く叩いた腰の刀を見て、幸村は軽く目を見開いた。
「なんと、六爪を!」
「Nah!Do not misunderstand it!渡すかよ、これは業物だ。六文どころの価値じゃねえよ。だがこの鍔くらいなら、十分銭の代わりにはなるだろう。お誂え向きに六本あるしな」
なるほどと呟いてようやく安心したらしい幸村に、もう一度、深い溜息が出た。
そんな政宗のようすを不思議そうに見やってから、幸村は自分の六文銭を目の前に掲げて、もう一度とっくりと眺めて考え込み――ちょっと唇を尖らせて首をかしげたしぐさが、犬みたいだと思ったのは内緒だ――端のひとつを紐から外すと、つと政宗に差し出してこう言った。
 

「政宗殿!良ければ、これを収めてはくださいませぬか!」
 


 

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