死後の世界を舞台としておりますので、死ネタご注意。
 

 

六・1

 ざぁ…っ
 

と、風が吹いた音に、政宗は目を開けた。
開けてはじめて、自分が目を閉じていたことに気付いて、ぱちぱち、瞬きする。らしくもないが、しばらく呆然としていた。
ゆっくり呼吸をして、一回、二回、三回目の息を吐いたところで、ようやく思考回路がつながった。まず自分の身を確認する。傷はない。それから周囲。敵はない。ついでに言うなら味方も、誰も、いなかった。
目の前には緑が広がっていて、体を起こすと、一面の草原の中にひとり、倒れていたのだとわかった。草は政宗の腰くらいまでの高さに茂っていて、半身を起した状態ではぎりぎり辺りが見えるくらいだ。その上の虚空は、一面に白いもやがかかり、見晴らしを遮っている。が、しかし、こんな場所には全く、見覚えがない。
一国の将をやってきた人間として態度には全く出さなかったが、(誰が見ていようといまいと、うろたえでもしたらそれこそ彼の沽券にかかわる)彼は内心、盛大に動揺していた。ここは何処だ。そもそも自分は、今の今まで戦場にいたはずなのだ。それがなぜ、突然こんなところにいる。
考えても、そこだけが霧のかかったように思い出せない。政宗は早々に思考をあきらめて、とりあえず立ちあがって歩き出すことに決めた。幸い、武装はちゃんと身につけているし、命の次くらいに大事な六爪も、ちゃんと六本揃って腰に収まっている。これさえあれば、たとえ何かあったとしても、政宗に太刀打ちできるものはわずかもいない。
また、ざあ…っ、と、風が吹いた。
当てもないまま適当な方向に向かって歩き出すと、ざわ、ざわわ、と、風に草が揺れる音が、やけに耳に付く。どれだけ歩いても、周りは一面の草原が続くだけで、自分がちゃんと真っ直ぐ進んでいるのかさえあやふやになってしまいそうになる。
元々対して気の長くない彼は、すぐに飽きた。
鬱陶しい草むらを、雷で焼き払ってしまおうか。そうすれば見通しも良くなって、少しはましになるかもしれない。
はじめは戯れに考えていたのだが、いかんせん単調な眺めが長く続きすぎた。だんだん本気でそうしてしまおうかと政宗が考え出したとき、政宗の耳が、風ではない何かの音をかすかにとらえてぴくりと反応した。
水の音だ。
さらさらと水の流れる音が、どこからか風に交じって聞こえてくる。
引き寄せられるように、音の聞こえる方向にふらふら、歩いていくと、不意に草の丈が低くなってさあっと視界が開けた。
幅の広い川が、穏やかに穏やかに流れている。
川の縁に立って覗き込んでみたが、魚の類はいないようだった。ただひたすら、さらさら、さらさらと水が流れていく。何処から流れてきて、何処へ流れてゆくのかも、定かではなかった。
どうも頭のはたらきが鈍いと感じて、政宗は軽く頭を振って振り返り、
 

ぽかん、と口を開けたまま固まった。
 

今の今まで気付かなかった(それも考えてみればおかしな話だ)が、一面に広がる草原の中、川のほとりに一本だけ、細い木が葉を茂らせて佇んでいた。
その木の下に。
 

「………真田、幸村……なんで、ここに、」
 

見間違えようもない真っ赤な装束に身を包んだ人影が。
 

「なんで、……生きてる」
 

死んだはずの真田幸村が、静かに、佇んでいた。
 


 

go page top

inserted by FC2 system