泣く事も笑う事もなく、ただひたすらに

 春の庭は、美しい。
 開け放した障子の先には、とりどりの花が絶妙な按配で新緑を彩っている。あるじの趣味がすみずみまで行き届いた庭では、たわむれる小鳥たちまでもが一幅の絵のようにみえた。あるじと並んでながめていると、時間さえもがゆっくりと過ぎゆくように感じる。
 風流を好むあるじのために、屋敷の庭はどの季節も端整に整えられているが、この時期は殊に美しいと言って、春になると政宗はこうして庭を愛でることが増える。政宗ほど美に通じているわけではない小十郎も、共に座して庭に目を向けていると、思わず溜息を落としたくなるような瞬間を何度か見つけることができた。
 ふと、隣に座る政宗のからだがすうっと距離をつめたかと思うと、ごく自然な様子でもたれかかってきた。
 政宗様、と咄嗟にとがめようとして、小十郎は口をとじた。ちらりとこちらを見てくる目が、文句言うんじゃねえよ、と無言のうちに語っている。
 あきらめて、小十郎は身体の力を抜いた。ゆっくりと肩に腕を回して寄り添うと、あるじは猫のように目をほそめて小十郎の胸に深く身を預けた。
 仕えはじめたはじめは、この目を、なんと昏い目だろうと思っていた。
 子どもにあるべき無邪気さや屈託のなさが、小十郎と出会ったころの政宗――梵天丸にはすでに寸分もなかった。あるのは過剰なほどの警戒心や鋭さばかりで、彼はあまりに小十郎の知っている「子ども」と違いすぎたから、小十郎はかれを子どもと思うのをやめた。
 それからずいぶん経って、ようやく梵天丸は年相応の仕草をみせるようになった。そこではじめて、昏いと思っていた目がかれの一面でしかないことに気づいた。気づくのに遅れた自分を責めた。
 今なら、あの頃のかれがひたすらに強くあろうとしていたのだとわかる。無表情を装っている時でも、瞳の奥には豊かな感情が揺れていることも知っている。
 政宗はいま何を思っているのだろうと、小十郎は考えをめぐらせた。かれは(小さいころは特にだったが)喜怒哀楽を素直にあらわさずに微妙な心の揺れを見せることが多い。それを慮るのは、実のところ、小十郎のひそかな喜びだった。
 そんな喜びを知ったのも、政宗に出会ってからだ。
 政宗に仕える前の小十郎は、こんなふうに誰かを強く思ったり、心から理解しようとしたことがなかった。がむしゃらに強くあろうとしていたのは、小十郎も同じだ。
 ふ……と息を吐いて、政宗が首をそらせてこちらを見上げてきた。
 「俺がこんなことを許すのは、小十郎だけだもんな」
 すでに己の中で結論を出したあとのような言葉に、小十郎は首をかしげた。頭の上に疑問符を飛ばしたのがわかったのか、政宗はくつくつと笑って、もう一度小十郎の胸に頭を預けなおした。
 「何でもねえよ。結局、俺はお前に敵わねえってことだ」
 ――まさか。
 庭をながめる政宗がすでに返事を求めていないことをわかっているから、小十郎は心の中でだけ応えを返す。肩に回した腕に少しだけ力をこめると、あたたかなぬくもりがそっとその上にてのひらを重ねた。
 いつだって敵わないのは、小十郎のほうなのだと、いつだって小十郎は知っている。
 

 

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