似ていないところの話

 僕と虎徹さんがコンビを組んでから、5年が経つ。
その間に僕の虎徹さんに対する評価は目まぐるしく変わった。ついでに言うと、関係も変わった。僕たちはもう仕事上のバディというだけじゃない。公私ともにパートナーなのだ!
ああ何て素晴らしい毎日。僕は虎徹さんをバディとして抜擢したというその一点でのみ、あのマーベリックを評価している。実に忌々しいけれど、マーベリックがいなければ僕と彼が出会うことは決してなかったのだから。許せないけど!

ともあれ、恋人になるまでのあいだ、僕の虎徹さんに対する印象はジェットコースターのように変化した。最初は地の底、ジェイク事件の後は天の彼方へ吹っ飛んで、それからマーベリック事件で下がり、上がり、――今になってようやく、少し冷静に彼を見られるようになった。と、思う。時々頭の上に虎耳とか見えるけど。
けれどそうやって虎徹さんを見てきて、評価がどんなに変わっても、ひとつだけ変わらないといえるところがある。

僕と虎徹さんは似ていない。それはもう、正反対と言っていいほど似ていないのだ。

たとえば、昨夜。
久しぶりに虎徹さんの部屋に行って愕然とした(最近僕の部屋に虎徹さんが来ることが続いていたので)。空き瓶やら出し忘れたゴミ袋やらが散乱し、ソファの背には服が脱ぎ散らかされたまま。戸口で唖然とした僕に、彼は悪びれた様子も見せずに一言――
「あー、ちっと散らかってるけどどっかそこらへんに座っといて。今片付けるから」
そんなことを言いながら実際は物を部屋の隅に寄せただけ。それは間違っても片付けるとは言わないだろうが!
僕なら絶対こんなことにはしない。あるべきものはあるべきところに、不要なものはさっさと捨てる。このずぼらさは僕と全く正反対のものだ。


たとえば、勤務中。
「バニーちゃーん」
「……なんですか」
「パソコン動かなくなっちゃったんだけど、どうなってんのこれ」
ほら来た。
このちっとも悪びれない顔が小憎らしい。どうなってんのじゃないでしょう、貴方がどうにかしたんでしょうに。聞こえるように溜息をつくとあからさまに視線が泳ぐのがまたわざとらしい。
「何したんです?どうせまた変なところ押したんじゃないですか」
「ちっげーよ!…多分」
「多分てなんですか…はい、どうぞ」
「へっ?早えな!さすが、すげえバニーちゃん。サンキュ」
PCの扱いが壊滅的に下手なのも、デスク周りに私物を置くのも、僕とは違う。
こうやって素直に正の感情を出すのも、僕には難しいことだ。
そのくせPDAが鳴った途端すっと本気の顔になるのだから性質が悪い。気付くとじっと見てしまっていて慌てて視線を引きはがしたのは一度や二度の話じゃないのだ。

たとえば、今。
今夜の出動は崩落した建設現場からの作業員の救出だった。
救出作業は最初は順調に進んでいたのだけど、最後の二人がいた場所がまずかった。
僕が瓦礫をどかして道を作り、タイガーさんがその最後の二人のところに辿りつこうとした直前に大きな崩落が起こって、タイガーさんは目の前で瓦礫が崩れるところを見た。結局一人しか救えずに救助活動は終わり、ワイルドタイガーには救出ポイントが一人分ついた。周囲もその一人の命を守り切ったことを評価しこそすれ一言も責めたりなどしなかったのに、虎徹さんはそれからずっと塞ぎこんでいる。
表面上はまったく普段と変わらないけれど、表情と表情の間に一瞬の空白がある。僕はそれが本当にへこんでいるときのサインなのだと理解していて、こんな時はいつも、こっそり人恋しくなっている可愛いおじさんのために一晩中一緒にいることに決めている。虎徹さんの家に押しかけるか、僕の家に引きずり込むかは気分次第。
今日は前者だった。僕たちは旧式のレコードをかけながら虎徹さんが出してきたお酒(お兄さんが送って来たらしい)を呑み、二人してべったりソファに懐いた。
いま、虎徹さんは僕の肩にもたれかかってちびちび焼酎のグラスを傾けている。反対の手は僕の膝をゆっくりと撫でている。僕は片方の手を彼の肩に回して引き寄せ、チーズをかじっている。ワインのグラスはテーブルの上。お酒の好みも、僕と彼は違う。
「……バニー、それカマンベール?」
「いえ、ブリーです。ブリーエキストラ」
ふうん、と喉の奥で唸りながら彼がついと顔を寄せてきて、僕の手からチーズをかじってはまた離れていく。
こんなふうにあからさまに甘えてくるのは本当に珍しい。普段は恋人めいた雰囲気などこっちが不安になるくらいに見せない人だから。だから余計に、こんな時だけは甘やかしてやろうと思う。いつも僕の方が甘やかしてもらっている分、余計に。

どちらも口を開かないまま、レコードのちょっと掠れた歌声だけが部屋に響く。
今日は特に堪えているみたいだ。いっそ泣いてくれればいいのにと思うけれど、虎徹さんがそういうネガティブなことを決して言わないのも知っている。肩に置いた手をそっと背に回して撫でると、少しだけ身体を寄せてきた。
「バニー」
「はい」
「バニー。バーニィ」
「なんです」
「バニーィ。ばーなびー……」
「なんですか。ここにいますよ。こてつさん」


ああ、僕が思い知るのはこういう時だ。
こういう時、虎徹さんはふっと遠い目をする。助けられなかった人たちのことを考えているのだと、思う。
あの人だってわかっているはずだ。助けられない時もどうしようもない時もあること。それでも、そのうえで、虎徹さんはヒーローは人を救わねばならないと思っている。
救わねば。あまねく全ての人を。
彼と僕は違うと、僕はそのたびに思い知る。僕には出来ない。僕にとってヒーローは所詮人間だ。失敗も手におえない事態も山ほど経験する人間。
たぶん、僕は根本的なところではヒーローという存在を信じていないのだと思う。根底にあるのはきっと4歳の時のあの体験。いくら立ちつくしてもヒーローは助けに来てくれなかった。ヒーローは僕を救ってくれなかった。ただ助けていただけだった。
彼は僕とは違う。
あの人は、人は必ず救われると信じている。
「虎徹さん。もう寝ましょう」
舟を漕ぎはじめた彼の手からグラスを取ってテーブルの上に置き、支えて立たせた。
寝てしまえばいい。二人してベッドに行って何もわからなくなるまで絡み合い、それから並んで泥のように眠ればいい。そうすれば次はもう、朝だ。


ふと目を覚ますと、周囲はまだ薄暗かった。
眼鏡がないから正確な時間は分からないけれど、明け方だろう。ブラインドの隙間から薄青い光が漏れ出している。
ううんと喉の奥で唸って寝返りを打つと、目の前に虎徹さんの顔がぐっと迫ってきた。勢いでのしかかりそうになって慌ててこらえる。
虎徹さんは熟睡しているようだった。半開きの口から規則正しい寝息が漏れている。僕は半分寝ぼけたままその顔をじっくり観察した。
浅黒い肌、目尻に寄った皺、厚い唇、伸びて少し乱れた猫の形のヒゲ。首筋に散る赤い痕(これはさっきまでの名残り!)。
こうして見ると、つくづく外見も正反対だ。

僕と虎徹さんは違う。似ているところもない。
だけど、だからこそ、身を寄せ合って眠ることができる。
彼が一人の時、側にいることができる。泣いた時背中を撫でることができる。嬉しい時その話を聞くことができる。
僕が一人の時、抱きしめてもらうことができる。泣いた時笑い飛ばしてもらうことができる。嬉しい時聞いてもらうことができる。
似ていないからこそ出来ることがある。
一緒に生きていくってたぶん、そういうことなんだろう。
それってなんて素晴らしいことだろうと考えて、僕はとりあえず虎徹さんを抱きしめてもう一度眠った。きっと明日は良い日になる。僕に似ていない、僕とは違う、僕の半身。僕の相棒と一緒なら。

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