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習作
夢を見ていた。
――虎徹くん。
懐かしい声がする。この声で呼ばれるのが好きだった。
――虎徹くん。
なあ、その後は?
続きを聞かせてくれよ、
「なあ、――」
自分の声で目が覚めた。
目の前に見慣れない天井が広がっていて、一瞬どきりとする。何度かまばたきをしてから、ようやくここがどこなのか思い出した。
バーナビーの家のリビングだ。
ぐるりと首を回して見渡すと、周りには大量の酒瓶が転がっていた。ついでにその向こうには虎徹の相方も、ビールの缶の間に転がっている。こちらはいつもの眼鏡を放り出したまま、まだ夢の中だ。
昨夜、任務の後そのままバーナビーの家に押しかけて(バーナビーは最初大いに渋っていたのだが)、二人で大いに酒を飲んだのだった。その後の記憶は残念ながらないけれど、部屋の目も当てられない様子を見るに、そのまま二人で酔いつぶれてしまったに違いない。
妙な体勢で寝てしまったせいできしむ身体を起こし、虎徹は辺りに濃くただようアルコール臭に顔をしかめた。
「ったく、ヒーローが形無しだなあこりゃ。アニエスあたりが見たらすごい勢いで怒りそうだ」
――そしてあいつなら、思いっきり呆れた顔をしそうだ。
湧いた思考に、虎徹は苦笑した。さっき見た夢のせいだろうか。妻をこんな風に思い出すことは、もうあまりなくなっていたはずなのだが。
――お前がいてくれれば。なーんて、しょっちゅう考えてた時期もあったなあ。
ちょっと切なくなって、立てた膝に顔をうずめる。じわっと滲みかけたものを、いけないいけないと振り払って顔を上げると、相棒が横たわったまま目を開いてこちらを見つめていた。
ばちっと音がしそうな勢いで目が合って、虎徹は反射的に目をごしごしこすった。
「え、えーっと、バニーちゃん?…見てた?」
「ええ。どうしたんですか、らしくもない」
あっさり言われて、虎徹は恥ずかしさをごまかそうとわざと軽い声をあげた。
「やー、まあ、ちょっとな。なになにバニーちゃん、俺を心配してくれてんの?やっさしーい」
「…まあ、一応コンビですからね」
茶化したつもりが、返ってきた返事に、虎徹は面食らってぱちぱち瞬いた。てっきり即座に否定されるものと思っていたのに。
「なあ、それって…」
勢い込んで尋ねた言葉をさえぎって、手首の通信デバイスから呼び出し音が響き渡る。
「仕事ですね」
さっきまでの空気などなかったかのように、バーナビーはさっさと立ち上がり、きっちり眼鏡を装着した。
「お、おい、バニー!」
「行きますよ、おじさん」
「おい待てって!まだ話は終わってな…」
追い越しざまにぽんと肩を叩かれて、虎徹は息をのんだ。
その手つきが、何だかいたわるようだったからだ。
「早くしてください、おじさん。――それとも、虎徹さん、の方がいいですか?」
当のバーナビーは、ドアのところで澄ました顔で振り返り、視線を流してちょっと笑って見せる。
「おっまえ…」
この相棒は、時々びっくりするくらい率直になるから性質が悪い。
――下手な慰め方をしやがって!
こんなところを妻が見たら、どんな顔をしたかな、とふと思う。
くすくす笑う顔が一番に浮かんできて、それならいいや、と心の中だけで返事をしてみる。
虎徹は頭をがしがし掻いて腰を上げ、床に落ちていた上着を適当に羽織ってバーナビーの後を追った。