虫の音がしきりと聞こえる。
 小十郎は廊下を歩きながら、その涼やかな音に耳を傾けた。そろそろ冬の足音が聞こえてくる時期だが、虫たちはまだ元気よく生を主張している。彼らが姿を隠しているはずの庭を見やると、手入れの行き届いた木々が、月のひかりに照らされて、地面にくっきりとした影を落としていた。
 いい夜だ。
 虫の声に酔ってしまったかのように、気分が良い。考えているうちに、政宗の部屋の前に着いた。障子の前にひざまずき、板張りの床に指をついたところで、中から声がした。
「入れ」
 政宗はいつも、小十郎が声をかける前に許しをあたえる。小十郎はそのことでよく小言を言うのだが――不用意に部屋に不審な者を入れてしまったらどうなさるのです――政宗が小十郎の気配と小十郎以外の者の気配を間違えたことは、ただの一度もなかった。実のところ、それは小十郎のささやかな喜びであり、だから形ばかり小言は言っても、強く諌められたことはない。
 するりと障子を開くと、巨大なかぼちゃが目の前にででんと鎮座していた。
「・・・」
 思わず固まった小十郎を見て、かぼちゃの隣に胡坐をかいて煙管をふかしていた政宗が笑い出した。
「お前がそこまで驚くなんて、珍しいな!Trickは大成功ってわけだ!」
「政宗様、これは」
「Jack-o’-lanternだ。Crazyだろう?」
「はあ、これはまた・・・面妖な」
 小十郎ならそういうと思ってたぜ、と政宗は愉快そうに言った。
 かぼちゃはくりぬいて側面に穴をあけ、中に蝋燭を入れて提灯のように細工してある。どうやら顔をかたどっているらしく、目や口らしき穴から光がぼんやりとこぼれる様が、なんともいえない雰囲気をかもし出していた。
 しばらくかぼちゃと見つめあってから、小十郎はあるじに目を向けてほほえんだ。
「昼間、小十郎の畑から一番大きなかぼちゃを持っていかれたのは、このためだったのですね。小十郎はてっきり料理でもなさるのかと」
「That’s right!本当は橙色のかぼちゃがあるらしいんだが、そんなもの見たこともないからな。緑で代用だ。おっと、料理もするぜ。明日の朝皆にお披露目して、その後ちゃんと食う。食べ物を粗末にするなとかいう小言はなしだ」
「わかっております。それにしても、かぼちゃを提灯のようになさるとは。これは、異国の風習かなにかでしょうか」
 Yeah、と政宗は頷いた。好奇心にきらきらと輝いた、子供のような目をしている。
「Halloween、っつうらしい。まあ、こっちの盆のようなものだ。異国じゃ、この日はどこの家もこういう飾り付けをして、子供達が幽霊や妖怪の格好をして、近所の家を訪ねて”Trick or treat”と言って回るんだと」
「とり・・・?」
「Trick or treat!菓子をくれなきゃ悪戯するぞ、って意味だ。で、大人は応えて菓子をやる」
「子供が大人に脅しをかけるとは・・・それはまた、物騒な祭ですな」
「そうか?可愛いもんじゃねえか」
 政宗は煙管を盆に置くと、ひらひらと手を振って小十郎を呼んだ。請われるままに距離をつめると、その手でついと顎をすくいあげられる。額と額がくっつきそうな近さで、政宗が笑った。
「・・・Trick or treat?」
「生憎と、小十郎は菓子など持ちあわせておりませぬ」
 仏頂面のまま答えると、その答えを待っていた、とでもいうように、政宗は上機嫌でぴゅうっと口笛を吹いた。顎をつかんだままの手が、親指の腹でするりと唇をなでてゆく。
「Ok,ok、仕方ねえな!treatがなけりゃあtrickだ・・・悪戯するぜ?」
 心底楽しそうな政宗の顔を至近距離でながめて、小十郎は軽くため息をついた。
「良いのですか」
「なにが」
「悪戯、などと仰って。悪戯はお仕置き覚悟で仕掛けるものでございますぞ」
「Ha!本当に珍しいな!お前がそういうことを言うなんざ」
 いつもこうならもっと良いんだが、と呟いて、政宗は小さく唇をなめた。
「Obviously・・・そのくらい、わかって言っている」
 そのまま腕がうなじに回って引き寄せられるのに、たまらずほほえむ。お戯れを、と眉間に皺を寄せる気にならないほどには、小十郎も良い気分だった。
 さて、あるじはどんな悪戯を仕掛けてくるのか、そしてそれに、自分は何を返すのか――
 答えはきっと、緑色のかぼちゃだけが見ているだろう。小十郎は胸のうちでそっと呟いて手を伸ばした。
 

 たまにはこんな夜も、悪くない。
 

Trick and trick!

小十郎に、ハロウィンを称して「物騒な祭」と言わせたかった。
そして政宗さまに、「悪戯するぜ?」と言わせたかった。
でも書き終えてから、ハロウィンなら仮装ネタもあったじゃないか!と気がつきました。よし、今度はそれでいこう←
Happy Halloween!!

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