長曾我部元親の災難

 豊臣軍との死闘が終わった直後。
「西海の鬼」長曾我部元親は、武田信玄からの招きに応えて、甲斐は武田屋敷を訪れていた。
 訪いを告げると、信玄の人格を思わせる落ち着いたたたずまいの部屋に通され、しばし待つようにと小姓に告げられる。
 どっかと座って辺りを見渡す。自国ではどこにでも吹いている、海風の香りがしない――山に囲まれた国はこうも違うものか、と感心していると、しばらくして重々しい武人の足音がふたつ、廊下をやってきた。
 すたん、と勢いよく障子が開けられた先には、同じ隻眼の青年が仁王立ちしていた。後ろには、頬傷のいかめしい副将の姿もある。こっちも丸く収まってよかったじゃねえか、と心の中でちょっとにやりとしてから、元親は座ったまま手を上げてみせた。
「よぅ、独眼竜。お前さんも来てたのか」
 政宗は元親がいるのを予想していなかったのか一瞬目を見開き、それから別れた時と同じ調子で唇を曲げた。
「How you doing?久しぶりだな、西海の鬼」
「おぉよ。お前さんも元気そうで何よりだ」
「あんたもな。信玄公に呼ばれたのか」
「ああ。お前もだろ、独眼竜」
「Yah」
 豊臣戦ではからずも共闘した三陣営が集まるというのだから、することといったら戦の始末に決まっていると、何も言わずとも二人の見解は一致している。
 政宗は勝手知ったるといった風に部屋に上がりこんでくると、元親の向かいに腰を下ろした。その後に小十郎がさりげなく続き、脇にひかえる。予想はしていたが、出来た腹心だ。
 と、廊下の方から、間髪入れずにもうひとつの足音が忙しなく近づいてきた。
 ちらりと視線だけを後ろに流した政宗が、つと唇をひきあげた。
 ん?と元親が首をかしげたちょうどその時、障子の向こうから声がかけられる。
「――失礼いたしまする」
 礼儀正しく障子を引きあけた人物は、その場で深く頭を下げた。
「武田が家臣、真田源二郎幸村と申す。こちらの準備が整うまでのお相手を仰せつかって参った。お初にお目にかかる、長曾我部殿。――政宗殿も、お久しぶりでござる」
 挨拶を述べて上げた顔は、まだあどけなさを残している。が、政宗と視線を合わせた途端に、不敵に笑んだ瞳の奥にぼっと炎が灯ったのが見えて、元親はわくわくした。この男、なかなかに見どころがありそうだ。
 元親の横、政宗のはす向かいに座った幸村は、傍目にわかるほどかしこまっていた。
 そこへ、政宗が身を乗り出して話しかける。
「次に会うときは、戦場だと思ってたがな。アンタ、島津のおっさんとこ行ったうえに、毛利ともやりあったんだって?さぞかし腕を上げたんだろうなあ?」
 幸村はぴょこんと頭を上げた。うなじで束ねた後ろ髪が、しっぽのように跳ね上がった。
 「はい!二度は負けませぬぞ、政宗殿」
 こちらも目を輝かせて、自分の力を試してみたくてうずうずしているのが丸わかりだ。
 何だか犬みたいなやつだ、と元親は思った。
「政宗殿。こちらにいらっしゃる間に、是非一度手合わせ願いたい」
「俺も丁度、そう思ってたところだ。何なら今からでもいいぜ、やるか?」
「政宗様。信玄公との会談の約定、まさか忘れてはおりますまいな」
 すかさず後ろにひかえた小十郎が、威圧つきの釘をさしてくる。政宗は微妙に頬を引きつらせながら、「Ah〜、明日やろうぜ、明日」と言い直した。幸村はといえば、今からと言われた瞬間ぱあっと顔を輝かせ、小十郎の釘でたちまちしおしお落ち込んでいる。
 なんともわかりやすい。
 元親はぴんときて、感じたままを政宗に聞いてみた。
「なァ独眼竜。この間お前が言ってた、とびっきり、掛け値なし、ってのは、もしかしなくともこいつかい?」
「Yes」
 政宗はにやりとして頷いた。
「俺の最高のrivalだ。極上も極上、一度コイツの炎に手ェ出したら癖になるぜ?」
「ほお、そうかい。それなら…」
 俺も一丁手合わせ願いたいもんだな、と言いかけたのだが、続くはずのセリフは、突然飛び上がる勢いで乗り出してきた幸村に遮られた。
「それを言うならば、某は刃を合わせるたびに、政宗殿の雷の見事さに魂をふるわせておるのでござる!」
「そうか?お前の二槍もなかなかのモンだぜ、真田幸村!」
「それは光栄にござる!だがしかし、政宗殿の六爪もまさに国士無双!」
「お前の槍はいつだって真っ直ぐで、邪念がないのがいいんだ!純粋に強え」
「貴殿の太刀筋は破天荒にみえて隙が無い。素晴らしき技にござる!」
「槍の腕だけじゃねえ、お前のその槍と同じ真っ直ぐな性根も嫌いじゃねえ。見てて清々しくなるからな!」
「政宗殿こそ!その振る舞い、言動、どこを取ってもまこと竜の名にふさわしきお姿にて!」
「Ha!言ってくれるじゃねえか!暑っ苦しいのは俺のcharacterじゃあねえが、お前はそこがいいんだ!You see?」
「それは嬉しきお言葉!何事にも屈せぬお心の何と強靭なことかと、某つねづね思っており申した!」

 ――あァ?

 元親は突如始まった言い合いについていけないまま、ぽかんと二人を眺める。

 ――つうか、これ。 

 頬を引きつらせる元親の後ろで、小十郎が深い溜息をついた。同時に天井裏で発生したもうひとつの溜息の方は、興奮でとうとう立ち上がった二人の騒音に紛れて幸運にも誰にも気づかれなかったらしい。

 ――・・・なんつうか、ノロケ合戦みたいに聞こえるのは気のせいだよな・・・・・・

 若き竜と虎は、最早周りのことなど完璧に置き去りにして元親の頭上で叫びあう。

「OK、上等だ。やってやろうじゃねえか。Get out!」
「無論!覚悟なされよ、政宗殿!」

 ――あー、俺も奴と戦してぇなあ……
 とうとう立ち上がった蒼紅の間に挟まれて存在を忘れられかけた西海の鬼は、遠い目をしながら己の宿敵(緑色)(消息不明)に思いを馳せた。
 もっとも、かの者をどれだけ褒めたところで、こんな会話には絶対にならないだろうが。

そしてこの後小十郎に雷を落とされるに違いない。
毛利の映画参戦を心から願っています。

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