※現代パロです。「いつもどおりの特別な朝」と同設定のつもりですが、こちらを読まなくても全く支障はありません。
政宗と小十郎が同居しています。

ガトーショコラの香りの夜

  玄関のカギが開く音と同時に、ただいま帰りました、遅くなって申し訳ありません、といつもの小十郎の挨拶が聞こえた。
一社会人として忙しく働く小十郎の帰宅は、よく遅くなる。
 いまだ学生の身の政宗だが、もちろんそんなことはちゃんと理解しているから、多少物足りなさを覚えることはあっても、それに対して文句を言ったことはなかった。それでも小十郎は、「ただいま帰りました」の後にいつも律儀に「遅くなって〜」をつける。
 慌ただしく廊下をやってきた小十郎は、ダイニングにつながるドアを開けた途端、鼻先に突撃してきた甘ったるいにおいにひるんだらしい。ドアノブをつかんだまま、思わずといったふうに身を引いた。
 そこへ、キッチンからボウルをかかえた政宗がひょっこり顔を出す。
「おう、お帰り小十郎。遅かったな」
「ただいま戻りました……チョコ、ですか」
 部屋中に漂う甘い香りにいつになく戸惑った様子の小十郎に、政宗はくしゃりと笑いかける。
「Yeah!バレンタインだからな、ちょっと作ってみた。ちょうど出来たところだ、お前タイミング良いな!」
 小十郎はドアのところに立ちつくしたまま、バレンタイン、と小さく繰りかえした。
「ついでに今日の夕飯も俺が作っといてやったから、早く手洗って来いよ……小十郎?」
「……あ、はい」
 素直に洗面所に向かった背を見送って、政宗は首をかしげた。どこかぼんやりしているような気がしたからだ。具合が悪いんじゃないだろうな、と訝ったものの、彼だって自分の体の調子も把握できないほど子供ではあるまい。
 着替えはせずに戻ってきた小十郎は、料理の隣にどんと鎮座する大きなホールケーキを見て目をまるくした。
「ガトーショコラ。なかなかの出来だろ?」
 片手におたまを持ったまま、テーブルの横で自慢げに胸を張る政宗に視線をうつして、小十郎はうなずいた。
「まるで売り物のようですな」
「だろ?」
 控えめにほほえむ顔がうれしい。自分が料理を趣味としているのは、こういう顔が見たいがためなのだと思ったりもする。
 それなりに手のこんだ夕食を、いつものごとく小十郎がほめ、政宗が自画自賛しつつ綺麗に片付けたあと、さあケーキに取りかかろうというときだった。不意に小十郎のフォークが宙を泳いだような気がして、政宗は反射的に小十郎の顔を見た。
「…?」
「どうしました?政宗様」
 目線だけで問うた政宗に、小十郎はすぅと視線を合わせて、同じことを逆に問い返してくる。
「…いや。早く食おうぜ」
「はい」
 少しばかりいつもと違う空気を感じながら、しかし政宗はそれ以上問いを重ねはせずにケーキを崩した。小十郎が政宗のまなざしの意図に気付かないことなどまずありえない。それでも気付かないふりをするのには、きっとそれなりの理由があるのだ。

 ―――とは言ったものの。
 その夜、やっぱり気になるな、と政宗は自室のベッドに寝転がって考えた。
 あれから小十郎はいたって普通だった。風呂に入ったり二人でテレビを見てしゃべったり小十郎はちょっと書類の整理をしたり。部屋に濃厚なチョコの香りの名残が漂っていたことを除けば、どこにも普段と違うところはなかった。
 なかったのだが、どうにも違和感がぬぐえなかったのも確かで。ふとした瞳の揺らぎやらしくない仕草を、今日はよく見たような気がする。
 なにか悩みがあるなら聞いた方がいいだろうか、でも仕事がらみなら力にはなれないし、いやいや小十郎は仕事を持ち帰るような人間じゃないから……
 とりとめなく考えていた政宗は、ふとのどの渇きを覚えてキッチンに立った。
 夜も遅い。小十郎ももう寝てしまったのだろう、深夜独特の静けさがあたりを包み込み、キッチンにつけた明かりが漏れ出して、食卓を薄暗く照らし出している。
 水を飲みながらそちらの方を何気なく向いた政宗は、イスの背に何かかかっているのに気づいた。
 いぶかしげに側に寄って、つまみ上げたところで正体はわかった。小十郎のスーツの上着だ。
 大方食事の時に脱いでかけて、そのまま忘れていったのだろう。今日は珍しいことばかりする、と首をかしげて、政宗はとりあえずハンガーにでもかけておいてやるかと上着をかかえ――
 かけたところで、固まった。
 ポケットから、ころりとイスの上に転がり落ちたものがひとつ。
 手探りでダイニングの電気をつけ、手に取ってまじまじと見つめて、政宗ののどがくっと鳴った。みるみるそれは大きくなり、いくらもしないうちに明確な笑いになる。
 くつくつと、噛み殺そうとして殺しきれない声をもらしながら、政宗は手の中のものをもてあそんだ。

――さて、明日の朝、どうしてやろう?

 この上なくしあわせな掌の上には、小さなチョコレートの箱がひとつ。

 笑い声の響く部屋には、まだ甘い香りがうっすらと残っていた。
 

筆頭が先制攻撃したせいでチョコ渡せなくなっちゃったこじゅ。
明日の彼がどんな顔をするかは、お楽しみとういうことで!

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