小十郎が腕に書類をかかえて政宗の私室を訪れたとき、政宗は子猫と遊んでいた。
 猫と一緒に腹ばいになって猫じゃらしと戯れている姿は、とても一国一城の主とは思えないほど気が抜けている。自然、小十郎の眉も下がった。
 「政宗様…またそのように童のようなことを。お立場をわきまえなされませ」
 いつもの習いで小言が口をつくが、形ばかりである。これがたとえば、姿を現したのがもし小十郎でなく小姓であれば、政宗はとっくに猫を膝の上に抱いて上座に腰を据え、堂々たる君主の姿をみせていたはずだ。かれがこのように気を許した姿を見せるのはごく限られた者だけであり、そして自分は間違いなくその一番はじめに来ることを、うぬぼれでも何でもなく小十郎は知っている。
 政宗も小十郎の小言に中身のないことをわかっている。まるで堪えたようすもなく(もっとも、小十郎の本気の小言さえ、政宗はまるで堪えないことが多いのだが)にやりとして、子猫の片足をつかまえて小十郎のほうに振ってみせた。
 「いいじゃねえか、休憩中だ。可愛いだろ?」
 確かに可愛い。子猫もさることながら、子猫と同じ体勢で畳にごろごろ転がっているあるじも大変可愛らしい――いささか行動と図体の大きさがかみあっていないが。と小十郎は思ったが、もちろん口には出さなかった。一言でも口にしようものなら、彼は絶対に調子にのるに違いない。
 「そういう問題ではございません。第一その猫、いったいどうなされた」
 「庭に迷い込んできてたんだ。大方親とはぐれた野良か何かだろ」
 「それにしては、随分と人になついておりますな」
 「Hum…まだ小っちぇえから、警戒心が無いんじゃないのか」
 そう言って政宗は、腕の中でおとなしくしている子猫をぎゅっと抱きこめる。拍子にうにゃっと鳴いた猫を見て、小十郎は軽く溜息をついた。
 「…小十郎は、命あるものを軽々しく拾ってきてはならぬとお教えしたはずですが」
 至極真面目に言ったつもりだったのだが、当の政宗は噴きだした。
 「お前は俺を何だと思ってるんだ!そこらのガキか?ったく、いつだって小言ばっかりだぜ、なあ景綱」
 「……は?」
 聞き捨てならない言葉が聞こえた気がして、小十郎は思わず問い返した。
 「眉間に皺が趣味なのかねえ、うちの副将は。なあ景綱」
 いや、台詞のどこもかしこも聞き捨てならないのだが。特に最後、妙に強調して発音された「景綱」を、己の目が確かならば、あるじは猫に向かって言っている。
 今度は深く深く、小十郎は心の底から溜息をついた。
 「政宗様……小十郎の諱を軽々しく猫になどつけないで頂きたい」
 「堅いこというなよ、なあ景綱」
 「……」
 押し黙った小十郎を横目で見やってにやにや笑い、政宗は子猫の脇の下をつかんで持ち上げた。ぷらんとされるがままに伸びた猫を後ろ二本足で立たせて視線をあわせ、絶好の機会とばかりに言葉を重ねる。
 「お前も眉間に皺だなあ、景綱。今に口を開けば小言ばっか言い出すかもしれねえなあ?」
 「………政宗様、小十郎に不満がおありならば、直接仰って頂きたいのですが」
 「あぁン?小十郎に言ってんじゃねえよ、景綱に言ってんだ」
 なあ?上機嫌のあるじに問いかけられて、目と目の間に縞模様をつけたトラ猫はタイミング良くにゃおん、と鳴いた。

 そんな、ある日の昼下がり。

 

君と猫とある日のこと

 あいにく、反撃する材料はたっぷり腕の中にある。


筆頭が猫と戯れる姿は絶対に可愛い!と全力で主張したい。
ちょっと中途半端な感じですがとりあえず切ります

go page top

inserted by FC2 system