ぢぢ、と音をたてて、かがり火が炎をあげた。
 奥州を発って幾度目かの野営の夜だ。兵たちも、見張りをのぞけばとっくに寝静まった頃合だった。天幕を張りめぐらせた陣の中には政宗と小十郎しかおらず、その二人も顔をつきあわせたまま無言でじっと考え込んでいたから、ほかに音を出すものはなかった。薪の爆ぜる小さな音だけが、時の流れを教えている。
 「……あ」
 不意に政宗が小さく声をあげて、あごを撫でていた手を机の上にのばした。
 机いっぱいに広げられた地図のうえに、白黒の碁石がよどみなく置かれていく。その配置をじっと見ていた小十郎は、かがみこんでいた地図から顔をあげてわずかに笑った。
 「……流石、政宗様です」
 「大将は十中八九ここ、となると先鋒とぶつかるのはこのあたりだろう。搦手をここから回りこませて、挟み討つ。どうだ」
 白く長い指が、とんとん、と地図の一点を叩く。
 「善き手と心得ます」
 「異論はないか」
 「ええ。ですが、ひとつだけ」
 小十郎の腕がすっと伸びた。政宗のものより大きく骨ばった指が白の碁石をつまみあげ、地図の上に滑らせる。
 「もう一軍、ここに。本隊から割き、脇からの攻撃に備えるべきかと」
 「Hum……成程な。一理ある」
 鼻を鳴らした政宗は、小十郎の置いた碁石を爪で叩いた。かつ、と硬質な音が夜の闇にまぎれて、すぐに消える。
 「他には」
 「いえ、何も。あとは、政宗様のお心のままに」
 「Well then……それなら、これで決まりだ」
 そこではじめて、政宗は机から顔をあげてにやりとした。
 「明日には戦だ、小十郎」
 「覚悟は、できております。この小十郎、いかなる時も貴方様の背をお守りいたす所存」
 「良い返事だ」
 「はっ……」
 そこでいったん言葉を切って、政宗は小さく息を吐いた。しばらくして、政宗が再び口をひらいた。かがり火の光を反射して、左の目がきらきらと光っていた。
 落とされた言葉は、感慨深げであるようにも、血気に逸っているようにも、淡々としているようにも、それらのどれでもないようにも聞こえた。
 「いよいよ、明日だ。小十郎」
 「ええ。奥州の独眼竜ここにあり、と、天下に名乗りを上げる日にございます」
 手際よく碁石を片付け、地図を丸めていく小十郎の唇にも、薄く笑みが刷かれている。
 ひっそりと笑いあって、ふたり同時に見やった方向には、ぱちぱちと爆ぜる炎があった。
 その向こうに、まみえるべき敵陣と、高らかに勝鬨を叫ぶ明日が待ち構えている。
 

かがり火の向こう

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